朝鮮半島史の地図年表

朝鮮半島史の地図年表

新羅は約1000年、高麗は約470年、朝鮮は約500年。王朝が長く続いた半島で、王たちは誰に「認めてもらって」力を握ったのか。時代を選ぶと、その頃の地図と「力の出どころ」が見えてきます。
個人の学習ノートです。年や数字、地図の境界はおおよその目安としてご覧ください。

朝鮮半島の時代ごとの模式図

    色の範囲は流れをつかむためのおおまかな線です。正確な国境や支配範囲ではありません。

    キーワード
    力の出どころ

    時代の流れ

      ポイント

          知ってるとツウな小ネタ

            この時代を舞台にした作品

              王朝と、王・大統領の一覧

              人物図鑑

              奪う・借りる・認めてもらう

              歴史学習帳シリーズの大きなテーマは「権力の移り変わり」。中国・日本・朝鮮半島では、権力者が正統性を手に入れるやり方がそれぞれ違いました。

              奪う

              中国

              天命を失った王朝に代わって、新しい家が皇帝の位そのものを手に入れる(禅譲・放伐)。王朝の名前が替わる。

              • 正統性は「天」から受ける
              • 前の王朝の歴史を、次の王朝が書く
              借りる

              日本

              天皇の位には手を出さず、天皇から官職や婚姻のつながりを借りて実権を握る。王朝は替わらない。

              • 摂政・関白、征夷大将軍
              • 幕末に「大政奉還」で返す
              認めてもらう

              朝鮮半島

              国の中は自分で治め、外では中国の皇帝に王として冊封してもらう。王位を力で奪った王も、すぐに冊封を求めた。冊封が終わった近代からは、南北がそれぞれ別の大国に認めてもらい、二つの国になった。

              • 冊封・朝貢、中国の年号を使う
              • 王朝は長く続き、替わるのは数百年に一度
              • 1895年に冊封が終わり、1897年に自ら皇帝を名乗る

              朝鮮半島史全体の小ネタ

              特定の時代ではなく、半島の歴史を通して出てくる仕組み。

              冊封のしくみ

              中国の皇帝が周りの国の王に称号と印を与え(冊封)、王は貢ぎ物を持った使いを送る(朝貢)。

              • 王は、皇帝から認められて正式な王になる
              • 中国の暦と年号を使う
              • 国の中のことに、皇帝はほとんど口を出さない

              上下の形をとりながら、実際は「戦わない約束」と「交易の許可」の意味が大きかった。朝鮮は大国と付き合う形を「事大」、日本など周りの国との付き合いを「交隣」と呼び分けた。

              年号は、自立のしるし

              中国の年号を使うことは、冊封を受け入れていることの表れ。逆に独自の年号を立てるのは、自立の宣言になった。

              • 新羅の法興王「建元」(536年)
              • 高麗の光宗「光徳」
              • 大韓帝国「光武」(1897年)

              高句麗の広開土王の「永楽」は、碑に刻まれた年号として知られる。

              王の呼び名:祖・宗・君

              朝鮮の王の名(世宗、英祖など)は、亡くなったあとに贈られる「廟号」。国を開いたり大きな功績のあった王に「祖」、国を受け継いで守った王に「宗」をつけた。

              位を追われた燕山君・光海君は廟号をもらえず、王子のときの呼び名「君」で呼ばれる。

              元の支配のもとでは「祖・宗」は皇帝だけの名だとされ、高麗の王は「忠烈王」のように「王」で呼ばれた。

              名字と本貫

              朝鮮半島の名字は種類が少なく、金・李・朴の三つで人口の4割ほどを占める。同じ名字の中を分けるのが「本貫」(一族の始まりの土地)。

              • 慶州金氏、金海金氏(金官伽耶の王族の子孫を名乗る)
              • 全州李氏(朝鮮王家)

              家ごとに「族譜」という系図を代々書き継いできた。名字と本貫が同じ人どうしは、かつて結婚が禁じられていた。

              小中華

              明が清に滅ぼされたあと、朝鮮では「中華の文明を守っているのは清ではなく自分たちだ」という意識が強まった。

              外では清に認めてもらい、心では明を敬う。認めてもらう相手と、敬う相手が分かれたとき、朝鮮は文明の正しさで自分を支えた。

              文字:漢字からハングルへ

              長いあいだ、公の文書は漢文で書かれ、朝鮮語を漢字で書き表す工夫(吏読)も使われた。1443年、世宗が訓民正音(ハングル)をつくる。

              ハングルが公の文書で漢字と並んで正式に使われるようになるのは、1894年の甲午改革から。

              歴史学習帳シリーズ ― 朝鮮半島編。地図の海岸線は Natural Earth のデータをもとにしています。いまの国境は細い点線で示しています(朝鮮王朝より後の時代)。