色の範囲は流れをつかむためのおおまかな線です。正確な国境や支配範囲ではありません。
王を立てず、川筋ごとのコタンで暮らしたアイヌの大地。そこに和人地と蝦夷地の線が引かれ、日本とロシアの条約で線が動き、戦争でまた引き直されました。北の歴史は「境を引かれる」歴史です。時代を選ぶと、その頃の地図と「力の出どころ」が見えてきます。
個人の学習ノートです。年や数字、地図の範囲はおおよその目安としてご覧ください。
色の範囲は流れをつかむためのおおまかな線です。正確な国境や支配範囲ではありません。
歴史学習帳シリーズの大きなテーマは「権力の移り変わり」。国ごとに、権力の正統性の得かたが違いました。王をもたなかった北の大地では、力は外から「境」として引かれてきました。
天命を失った王朝に代わって、新しい家が皇帝の位を手に入れる。
天皇の位には手を出さず、天皇から官職を借りて実権を握る。
外では中国の皇帝に王として冊封してもらい、国の中は自分で治める。
中国の皇帝に冊封されながら、薩摩と徳川幕府にも従う。
アイヌの人びとは王を立てなかった。その大地に、松前藩が和人地を、幕府とロシアが条約の線を、戦争が占領の線を引いた。
特定の時代ではなく、北の歴史を通して出てくる仕組み。
北海道の地名の多くはアイヌ語から来ている。川や地形の様子を表す言葉が多い。
樺太や千島の地名にもアイヌ語が多い。「カラフト」もアイヌ語から来たという説がある。
アイヌの社会は、川筋ごとのコタン(村)がいくつも並ぶ形。首長は話し合いをまとめる役で、王のように人びとを支配するものではなかった。
争いごとは、話し合いのチャランケで解決した。弁が立つことが、首長の大切な力だった。
子グマを大切に育て、儀式で神の国へ送り返す。クマは、肉と毛皮をおみやげに人間の世界へ来たカムイ(神)だと考えられた。
動物や道具にもカムイが宿るとする考え方は、アイヌ文化の中心にある。
清の役人の服に使われた絹が、アムール川の下流から樺太を通って松前へ渡った。和人はこれを「蝦夷錦」と呼んで大切にした。
松前藩主は、蝦夷錦を将軍への贈り物にも使った。北の交易は、境をこえてつながっていた。
択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島をあわせて約5000平方キロメートル。択捉島だけで沖縄島の2倍以上ある。
択捉島は、本州・北海道・九州・四国に次ぐ大きさ。国後島も沖縄島より大きい。
樺太には、アイヌのほか、ニヴフ(ギリヤーク)やウイルタ(オロッコ)の人びとが暮らしていた。
戦後、日本に引き揚げたウイルタの人びとの中には、網走で暮らし、文化を伝えた人もいた。
歴史学習帳シリーズ ― 北海道以北編。地図の海岸線は Natural Earth のデータをもとにしています。色の範囲は手描きの模式図です。